ノスタルジー

自分のこころを見つめるブログです

ぶたっこや

私4歳、従兄弟の弟くん3歳
2人でよく近所のパトロール範囲を広げて面白い場所を探してました

お墓がある山の近くに、豚小屋がありました
周りの人は、ぶたっこやと呼んでました

私達は豚が珍しくて、豚を見にしょっちゅう行くようになったのです

豚の管理はおじさんが1人でやってました

私達2人が頻繁にくるので、6頭ぐらいいる豚の餌やりを、だんだん私達に頼むようになりました

そのうち、干し草の交換みたいなのもやらされるようになったのです(寝床用かも?)

初めは楽しみ見てた私達も、疲れてしまって、途中から弟くんは来なくなって、私だけが毎日のように豚のお世話をさせられるようになりました

6頭全部に名前がついてて、私は花ちゃんと夢ちゃんが好きでした
餌をやると鼻をピクピクさせて可愛いかったのです

理由はわかりませんが、豚小屋のおじさんの評判が近所の子供達に最悪だったので、多分皆んなに手伝わせたんだろーなぁと思いました

でも花ちゃんと夢ちゃんに会いたいばかりに毎日のように通ってました

でも母親の耳に入ったのか、ぶたっこやに行くのはやめなさいと言われました

言われてずっと、泣いてたのを覚えてます

何故、ダメなのか教えてもらえませんでした

でも、数日行かなくなると忘れて普段どうりに過ごしてました

突然弟くんが、豚が連れて行かれるから、行こうと言いました

私は何がなんだか分からず、ついて行ったら、簡単な檻みたいなものに花子と他の豚3頭がトラックの荷台に乗せられていました

おじさんに、どこに連れて行くのか聞いたら、お前らも乗れと言われて、私は後ろに乗り込みました
知らないおばさんと女の子もいました

私より泣き虫な弟くんは、乗りたくないと言ってどこかにいってしまいました

ガタガタ、ブーブーと豚の啼く声を聞きながら、おばさんに、どこに行くの?と言ったら「買ってもらえたんだよ
良かったねー」と言われたのでした

その場所は、小さな工場のような建物で、案外豚小屋から近くにありました

豚を下ろすのを手伝わせられて、すぐ帰ってこれました

豚小屋に戻ると母親が待ち構えてました
弟くんが呼びに行ったみたいでした

残ったのは、夢ちゃんと、もう一頭の豚だけ、、、
母親に怒られながら、帰りました

「花ちゃん達は、なんであそこに連れてかれたの?」と母親に聞いたら、「肉にされるんだよ
Pちゃんは、手伝わせられたの..だから〜....」とまた怒られ続けたのでした

お肉にされる!
そんなこと言ってなかったのに、、
私は大声で泣きました
弟くんも泣き始めて、家に戻ってもしばらく2人で泣いてたのでした

それから、私の中でぶたっこやに行くことはありませんでした

それからしばらくして、お墓に行く途中、豚小屋を見たのですが、もう何も無くなっていました

夢ちゃんともう一頭も、いなくなってたのでした

こことは関係ないのですが、、
今でも豚が好きで見にいったのですが、、
お食事の場所でした